常に時間が足りないと感じる理由について考える

前回の記事の続きのような内容になるが。

子どもを産み、子育てが始まってからいつも時間が足りないと思うようになった。
差し迫って何かがあるわけでもないのに余裕はなく、いつも時間に追われている気がする。
一人で使える貴重な時間は有意義なことをしていないと罪悪感や後悔が残る。
時間のことばかり気にしている。

その原因は一体なんなのか。
出産前と出産後に大きく変化したこと。
色々思いつくが、突き詰めて考えると、自分が能動的に「何かに集中する時間」と「何もしないで過ごす時間」が確保しにくくなったこと。
このあたりだろうか。

「平日の5日間」は私にとっては「24×5=120時間」という感じ。
ずーっとつながっていて区切りがない。
いつの間にか翌朝。
自分にとってのオンとオフの切り替えができない。

何かのネット記事で読んだが、「母になるということは、自分が主役の人生から、自分以外が主役の人生のサポート役に転じること」という表現があり、なるほど一理あるなと感じた。
中には子育て中でも自分が主役でい続けられる人もいるかもしれないが、私にはその両立は無理だ。

休日お昼まで寝過ごしたり、誰に断るでもなくふらっと出かけたり、お菓子を食べながらゲームのレベルをあげたり、ダラダラ漫画を読んだり…なんてことはもうできない。(人生の主役を名乗るには残念すぎる過ごし方だが)
要は、自分の意思や欲望のままに、自分を最優先する生き方。
そうしていた過去があり、そうした欲求が今もありながら、子どもにはお手本としてそんなだらしない姿は見せてはいけないと思っている。
矛盾だらけですごく気持ちが悪い。

外見は大人でも中身は子どものままってこういうことなんだろう。
親になったけど、私だってまだ誰かの子どもでいたいし、甘えたい。
誰かに「頑張っているね」って、ほめてもらいたい。
親でいるって、思っていたよりもずっとハードルが高い。

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おばさま世代の方々から必ずと言っていいほど言われるのが、「ホント、抱っこできるのなんて今だけよ~子どもなんてすーぐ離れて行っちゃうんだから!私ももっと抱っこしてあげればよかったわぁ。(我が子を)お家に連れて帰りたいわ~(笑)」といった内容。

これぞ需要と供給のミスマッチ。
おばさま世代の方々はかつての子育てを懐かしんで小さい子どもを抱っこできることを羨み、現代の母親は毎日の子育てに辟易している。

(わかってますよ、今だけなんて)
(でも今、抱っこがつらいんですよ(主に腰が!))
(なんなら本当に今日だけでも連れて帰って世話してみてくださいよ)

そんなこんなで、残念ながらその的確なアドバイスは現代の母親たちの耳にはなかなか届かない。
そしてきっと諸先輩方のようにあとになって後悔が残る。

他人からのアドバイスを真摯に受け入れ、子育てをリアルタイムで100%楽しみ、手が離れた時に全く後悔がない人なんてごく僅かだと思う。
子育てなんて、大抵はだいぶ後になってからでないと最適解が見えてこないようなものなのかもしれない。

…ということを延々と考えていると、急に後戻りできない危機感がわいてきた。
もう二度と、今、この時には戻れない。
子どもたちはあっという間に成長するし、時は止まらない。
それを証拠に、子どもたちが新生児の時のことなんてもうほとんど思い出せない。
子どもも自分も、近しい人たちも平等に年を重ねていく。
自分がつらいとか、あーだこーだくだらない理由を並べて子どもたちとの幸せな”今”を見逃してしまう時間を少しでも減らさなければ。

こんな風に、客観的に自分を顧みる時間は定期的にでも必要だ。


終わりに。
先ほどのネット記事の議論で別の方はこうも言っていた。
「時が来れば、サポートに徹する人生から、また自分が主役の人生に戻れますよ」と。
この言葉に少しだけ救われている。

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今回の教訓とつぶやき
・「暇だ」なんて言葉は上の子の臨月以来、一度も口にしていない。
・母心はいつだって本音と建前の狭間で揺れ動いている。
・でも意外と「時間がない」という意識のもとで何かをする方が捗ることもある。(私の場合)