私にはない祖母の死生観

最近久々に祖母の夢をみたので、祖母について語ってみる。

私の祖母はグループホームに入所している。
祖母は大好きな祖父を天国に見送って20年近く、広い家で一人暮らしをしていた。
その間も親しかった妹夫婦や仲の良い友人たちを見送り続けた。
しかし、祖母に軽い認知症が見つかり、歩行にも支障が出てきて一人暮らしの継続が困難になり、グループホームにお世話になりはじめたのが数年前。
現在、祖母が住んでいた家は空き家状態で何年も人は住んでおらず、祖母が戻る予定もない。
小さい頃はお盆や正月の度に遊びに行っていたが、もう2度と祖母のいる家に遊びには行けないんだと痛感して寂しくなることがよくある。

祖母はグループホームでは不自由なく、お金の心配もなく生活できているそうだ。
ベッドの周りには着替えや身の回りの生活用品が少し。
祖母が持ち込んだ荷物は、大き目のトランク一つあれば事足りそう。

顔を見に行った時に思ったことは。
あんなに大きな家に、かつてはたくさんの人やものに囲まれて暮らしていたのに、終の住みかとなるであろう場所はこんなにも質素で。
そのギャップにショックを隠せなかった。


私の自宅から祖母のグループホームへは新幹線やバスなどを経由して、最短でも5時間近くかかるため気軽には会いに行けない。
私の実家帰省のついでに何年かに1度、足を延ばして会いに行く程度だ。

ある年の正月、私たち兄弟で祖母をグループホームへ車で送っていく機会があった。
その車内での会話がとても印象的だった。
「おばあちゃんはもうすぐ天国に行くけど、行ってらっしゃいって気持ちで見送ってね。悲しまないで。大好きなみんなの所へ行くんだから」と言われて、私たち兄弟は「うん」と言うしかなかった。
それぞれ「寂しいよ」とか「そんなこと言わないで」とか、思う所はあったがグっと飲みこんだ。
常々「早くあちら(天国)へ行きたい」と言う祖母に、そんな言葉は必要ない。
気休めにすらならない。
生きている身としては祖母をこちら側に繋ぎ留めておくだけの力がないことを悲しくも思うが、それが祖母の本心なのだからしょうがない。

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祖母世代の人は、霊や死後の世界といった存在のことを当然のように受け入れている節がある。そしてそれに関連したテレビでの発言や著名人の発言をとんでもなく真に受けやすい。(私調べ)

かなり前の話だが、祖父のお墓参りに一緒に行った時には祖母は少し怒ってこんなことを言った。
「秋川さんがね?お墓におじいちゃんはいないっていうのよ!せっかくいると思ってお墓参りしているのにいないなんてひどいわよねぇ」
祖母がご立腹なのは秋川雅史の2008年のヒット曲「千の風になって」の一節、「私のお墓の前で泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません」という部分だ。
秋川さん的には、亡くなった方は千の風になっていつでもあなたのそばにいるから悲しまないで、という励ましとして歌をお届けしたかっただろうに、祖母の捉え方が少し面白かった(笑)

こういった考え方は時代が変わるごとに薄れていくのだろうか。
日常会話で生死についての話題がちょくちょく出てきていたのは私の周りでは祖母だけだったように思う。
死について話をする時はちょっと怖い気もしたけど、そういう話ができる人がいたことをとても貴重に感じる。

祖母が、死や死後の世界を自然と受け入れている素直さには感銘を受けるが、生を半ば諦めの境地で過ごしているのを残念にも思う。
そんなわけで祖母のことを思うと少し複雑な気持ちになる。
私はたまにひ孫(私の子どもたち)の写真を送ったり、年賀状・近況の手紙を送ったりといったことしか祖母にしてあげられることがないのがもどかしい。


最後に、グループホームへ祖母を送る車内のつづきの話を少し。
道中、祖母がグループホームに袋の飴を買って帰りたいと言うので、コンビニに寄って袋の飴をいくつか買って渡した。
あなた達に1個ずつあげる、といってそれぞれ違う飴をもらった。
私は、もりもり山のくだもの飴レモン味。
祖母があちらへ行った時には、きっとあの飴をもう一度食べたくなるんだろうな。

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今回の教訓とつぶやき
・全てのものがずっと同じ場所にいつまでもあるとは限らない。むしろある方が奇跡。
・生死のことを意識する時、昔よく聴いていたUVERworldの曲「いつか必ず死ぬことを忘れるな」を思い出す。
・祖母にはあと何回会えるだろうか。