珍しい形の子ども向けアニメ「Wishenpoof!」

※若干ネタばれあり注意

Fire TV Stickをテレビに接続してamazonプライムビデオを観られるようにしたので、子どもに見せられそうな作品をウォッチリストに登録した。
PCで登録した作品がTVで即時表示される。
PC、スマホ、タブレット、テレビでいつでも選び放題&観放題。
いつのまにかプライム対象外になって、「えー…」な作品もあるが、基本「観るものがない」なんて事態には絶対に陥らない。何かしらはある。
私が子ども時代の平成初期なんて、家族で1つのチャンネルを奪い合っていたのに、なんとまぁ便利な世の中になったものだ。

ウォッチリストには、おさるのジョージやしまじろう、おかあさんといっしょ、プリキュアシリーズ(子が熱望)、パワーパフガールズ、まんが世界昔ばなし、ハイジ、三国志、まんが日本史、キングダム(このあたりは親の趣味)などのほかに、海外の子ども向け作品をいくつか入れた。
中でも特に気になったのは、魔法を使える女の子が主人公のamazonオリジナルアニメ「Wishenpoof(ウィッシュンプーフ!)」。
poofは手品などで「フッ」とか「パッ」という擬音のような意味だそうなので、和訳してみると「お願いポン!」みたいな呪文?(昭和感…)

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魔法が使えるといっても敵と戦ったりするわけではない。
ぬいぐるみに生命を与えて会話したり、空を飛んだり、アイスクリームを出したり(心底羨ましい)、平和的なものだ。
ストーリーは①主人公の周りで問題発生→②魔法で解決しようとするも失敗(または窘められる)→③魔法なしで解決を試みる→④なんとか成功!→⑤教訓を歌で表現→⑥主人公のセリフ「またみんなに会えますように。Wishenpoof!」で締める…という型があり、一話完結。
兄弟や友達との関わり方、自分の気持ちとの向き合い方など、なかなか深いテーマを毎回扱っている。
私の印象的に4~6才位の女の子が一番心に刺さりそう。

で、何がそんなに気になったかというと、作中、主人公の女の子がことあるごとに画面(視聴者)に向かって話しかけてくるのだ。
主人公が壁にぶち当たった時や驚いた時など、「どうしよう?」「ねぇ、みて!」「やってみるね!」といった呼びかけがちょいちょいあり、まるで自分もその世界に友達として一緒にいるかのように錯覚する。
問いかけのあと少し間があるのだが、それも丁度よい。
意思の疎通はできないにしても、主人公が何を考えてその問題をどのように解決するかお手本を見せ、疑似体験させてくれるイメージだ。

世にあふれる大抵のアニメの場合、ストーリーが勝手に進行するのを外側から観る。
その時キャラクターが何を思っているかは、心の声やナレーションがなければ想像するしかない。
アニメの人間関係に視聴者が付け入る隙はない。
それが当たり前だと思っていた。

だが、この「Wishenpoof」の場合は、視聴者は主人公に必要とされ、一緒に学び、(疑似)体験し、成長する。
その世界に没入するという表現が合う。
子どもたちもとても気に入り、よく「ミションプー観たい!」とせがまれる。
知育(道徳?)アニメの新しい形を見せてもらった気分だ。

ここで、長年の疑問であったテレビを「見る」か「観る」か、どちらが正しいかを調べてみた。
「テレビを見る」は、意識しないで目に入ったり、視界に入った状態。(受動的)
「テレビを観る」は、意識して視界に入れた状態。(能動的)
ストーリーが勝手に進む大半のアニメは「見る」ことも「観る」こともできるが、「Wishenpoof」の場合は「観る」必要がある。(と思う)

というわけで、このブログでは「観る」を多用している。
しかし「観せる」というのは少し違うかな、とも思うので「見せる」としている箇所もある。
どちらの漢字を充てるかは、それを「みる」本人次第なのだろう。

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今回の教訓と主張
・子どもの人間関係を取り巻く悩みは万国共通(キャラの主張や個性は日本より激しめ)
・何気なく使っている「心の声」という言葉だが、風情ある言い回しだと思う。
・断じてamazonの回し者ではない。